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東京地方裁判所八王子支部 昭和36年(ワ)105号 判決 1963年1月22日

原告(反訴被告) 佐藤虎吉

外六名

右訴訟代理人弁護士 本木国蔵

原告(反訴被告) 三岡秋輔

右訴訟代理人弁護士 市村斗鬼三

被告(反訴原告) 国

右代表者法務大臣 植木庚子郎

右指定代理人 沖永裕

外四名

主文

被告(反訴原告)は、原告(反訴被告)佐藤虎吉に対し別紙目録記載の第一土地(以下第一土地、第二土地等と略称する)を同竹内才子、同竹内善孝、同竹内英彦、同竹内道子、同竹内敬子に対し第二土地を、同榎本長治に対し第三土地を、同三岡秋輔に対し第四土地を夫々引き渡せよ。

被告(反訴原告)は原告(反訴被告)佐藤虎吉に対し第一土地につき、同竹内才子、同竹内善孝、同竹内英彦、同竹内道子、同竹内敬子に対し第二土地につき、同榎本長治に対し第三土地につき、昭和二十九年十月一日から同三十二年十二月三十一日まで一箇月一坪につき金九円六十銭、同三十三年一月一日から同三十五年十二月三十一日まで一箇月一坪につき金十六円、同三十六年一月一日から同年十二月三十一日まで一箇月一坪につき金二十六円六十六銭、同三十七年一月一日から右各土地明渡ずみに至るまで一箇月一坪につき金四十円の割合による金員をそれぞれ支払え。

反訴原告(被告)の請求は之を棄却する。

訴訟費用は本訴反訴を通じて全部被告(反訴原告)の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一、本件各土地に対する買収計画並にその手続の大要

成立に争のない甲第一号証≪中略≫を総合すると、本件各土地については、(イ)大東亜(太平洋)戦争が、昭和十九年頃から本土決戦の様相を呈して来たため、陸軍燃料本部(所謂府中燃料廠)の空襲に対する防護上、境界偽装の目的から、その敷地を南東部、南西部、北東部に拡張する必要に迫られたこと。(ロ)陸軍燃料本部は敷地拡張を陸軍省に上申し、陸軍省においては当該敷地の拡張を決定し、昭和十九年四月四日陸普第一、三五六号、同年八月一日陸普七、三七三号、同年九月六日陸普第三、一九九号をもつて当該土地を買収するよう東部軍経理部に指令したこと。(ハ)本件各土地はいずれも陸軍燃料本部の北東部に位し、前記陸普第三、一九九号の指令により買収予定地とされたこと。(ニ)東部軍経理部経営課においては、買収の準備として軍属の飯橋晴源が現地を調査して、予算の範囲内で買収が可能なることを確認し、雇の藤田信が関係役場や税務署に赴いて公図の写をつくり、地主の氏名等を調査して、いわゆる「名寄簿」なるものを作成したこと。(ホ)地主との買収の交渉には、右飯橋晴源が担当し、現地の或る一定の場所に該当地主を集め、買収予定地の発表を行い、その席上、同人は当時出席地主の氏名や買収についての承諾権限等をすべて正確に把握していなかつたため、売買契約書となるべき「名寄簿」に、買収に同意する旨の地主の捺印を求めず、その他別の形式による売買契約書をも作成することなく、ただ「これだけの地域に、これだけの関係の方との先祖伝来のお宝(土地のこと)を軍がいただきます。それについては、登記関係書類は後日経理部の職員を伺がわせますからよろしく頼みます。」と言つてわかれたこと。(ヘ)その後右飯橋晴源、右藤田信が、当時買収予定地内の一部の地主から土地売渡証書、登記承諾書、代金請求書をとつて登記を経由したが、本件各土地についてはいずれも右の各書面をとつた形跡がなく登記も経由していないことが認められる。前顕乙第十二号証の飯橋晴源の証人尋問調書、同乙第十四号証の藤田信の証人尋問調書中、右認定に抵触する供述部分は信用することができないし、その他右認定を覆えすに足りる証拠もない。

二、被告は、昭和十九年十月十九日本件各土地を買収した根拠として、次の各点を主張するので順次判断する。

(1)  被告は、乙第二号証が国有財産台帳の附属図面として陸軍省から大蔵省に引継がなされ該図面に本件各土地が買収ずみの土地として記入されている旨主張する。

しかしながら、前顕乙第十二号証によると、乙第二号証は田口敏夫が関東財務局の倉庫から見つけ出したもので、他の図面とひとまとめにして綴られていたもので国有財産台帳に添付してあつたものではないことが認められる。又前顕乙第十二、十四号証に照してみても、乙第二号証が国有財産台帳の附属図面であるとは到底認められないところである。

なお、乙第一号証の三は、その方式によつても又前顕乙第十二、十四号証に照しても国有財産台帳とは認められないものであるが、乙第一号証の三の沿革欄に「昭和十九年十月二十九日比留間富蔵外三十四名より拡張、昭和十九年四月四日陸普一、三五六号通牒による」とあり、下欄に「昭和十九年十月、拡張、数量三万一千八百四十五坪、現在数量十七万九千七百十一坪」なる旨の記載があるので、本件各土地の買収地積が、前記「数量三万一千八百四十五坪」のうちに包含されているかもしれないとの疑の余地が生ずるかもしれない。しかし本件各土地の買収は、右一の(ハ)において認定したとおり、昭和十九年九月六日陸普第三、一九九号通牒によるものであつて、右の昭和十九年四月四日陸普第一、三五六号通牒とは関係がないし、前顕乙第十二、十四号証の飯橋晴源、藤田信の各供述記載中「登記してないものは台帳に登録してない。」旨の記載部分に対比しても、本件各土地はいずれも国有財産台帳並に同附属図面に未だ登録されていないものと認めるのが相当である。

(2)  被告は、立木代金の支払手続は、当該土地代金の支払手続に遅れることが通常であると主張する。前顕乙第十二号証の飯橋晴源の証人尋問調書中、右の主張にそのような供述記載があることが認められるけれども、一方、前顕乙第十四号証の藤田信の証人尋問調書中には、立木の代金の支払が当該土地の代金の支払よりも先になる旨の供述記載があるので、必ずしも原告主張の順序により支払がなされていたものとは認め難い。

(3)  被告は、原告等は財産税の申告について、本件各土地を自己所有の不動産として申告していないから国が買収しているものと主張する。

しかしながら、成立に争のない甲第八、十号証、原告本人三岡秋輔の尋問の結果によると、本件第二土地は原告竹内才子、同竹内善孝、同竹内英彦、同竹内道子、同竹内敬子の第三土地は原告榎本長治の、第四土地は原告三岡秋輔の各所有地として固定資産課税台帳に登載されいずれも徴税されていたことが認められ、又弁論の全趣旨からするも、右課税処分に対し、右原告等から不服申立のなされたこともないと推認できる。

成立に争のない甲第七号証の一の佐藤虎吉の証人尋問調書中「昭和二十三年頃不動産の財産税の申告をしたかどうかはよく記憶していません。しかし本件土地が申告されていないとすればそれは接収されていたからです。」との供述記載がある。

従つて右の各事実から考えると財産税の申告について、原告等が本件土地を自己所有の不動産として申告しなかつたことから直ちに国が買収しているものと推断することはできない。

三、そうすると(イ)一の(ホ)で認定したとおり飯橋晴源が地主を集めた席上、当該地主から「名寄簿」に買収に同意する捺印を受けなかつたこと、又その他の形式による売買契約書をも作成しなかつたこと。(「名寄簿」及びその他の形式による売買契約書はいずれも証拠として提出されない。)(ロ)一の(ヘ)で認定した如く、経理部職員が本件各土地の地主から登記に関する土地売渡証書、登記承諾書、代金請求書を集めなかつたこと。(土地売渡証書、登記承諾書、代金請求書がいずれも証拠として提出されない。)(ハ)一の(ヘ)で認定したように、本件各土地についてはいずれも陸軍省のため所有権の取得登記が経由されていないこと。(ニ)右二の(1)で認定したとおり、本件各土地はいずれも国有財産台帳ならびに同附属図面に登録されていないこと等を総合すると、本件各土地については、国と原告佐藤虎吉、訴外竹内太左衛門、原告榎本長治、原告三岡秋輔との間で売買契約は成立していなかつたものと認めるのが相当である。前顕乙第十二号証の飯橋晴源の証人尋問調書、同乙第十四号証の藤田信の証人尋問調書中、右認定に反する供述記載は採用することができないし、その他右認定を覆えすに足りる証拠もない。

四、次に被告の取得時効の援用について判断する。

前記認定のとおり、本件各土地については、売買契約が成立しておらず、登記は勿論、国有財産台帳えの登録も十七、八年を経過するも未だなおなされていないことからすると、被告国が所有の意思で占有して来たものとは認められない。仮にそうでないとしても、およそ国(陸軍省)が、民間人より土地を買収し、その占有をはじめるには、売買契約が完結したことを確めることはいうまでもなく、特段の事情のない限り、登記簿を調べ、国有財産台帳に登録されているかどうか調査した上で占有をはじめる注意義務があるものと言うべきである。

これを本件について見るに、国(陸軍省)は、前記認定のとおり、本件各土地の売買契約が完結したかどうか確めることもなく、又登記簿並に国有財産台帳を調査することもなく漫然これが占有を始めているのである。(しかも、前記特段の事情があつたことについて被告は主張も立証もしていないから特段の事情がなかつたものと認定される。)そうすると、被告が、昭和十九年十月二十九日頃から所有の意思をもつて占有をはじめじ来占有を継続して来たとしても、占有の始め過失がなかつたものとは言えないから、民法第百六十二条によりその不動産の所有権を取得をしたものと認めることはできない。よつてこの点に関する被告の主張は採用できない。

五、被告が本件各土地を遅くとも昭和二十四、五年頃から占有し現在アメリカ合衆国軍隊に基地の敷地として提供し、同駐留軍を通じて間接にこれを占有していること。

原告竹内才子、同竹内善孝、同竹内英彦、同竹内道子、同竹内敬子が先代竹内太左衛門を共同相続したことは当事者間に争がない。

そうすると、被告は本件各土地について売買契約が未だ成立していないのにかかわらず、不法にこれ等を占有しているものといわねばならないので、被告等の本件各土地の所有権にもとずき被告に対し主文第一項掲記の各土地の引渡を求める本訴請求はまことに正当であるからこれを認容する。

なお、本件第一ないし三の各土地の相当賃料が、昭和二十九年十月一日から同三十二年十二月三十一日まで一箇月につき一坪金九円六十銭、同三十三年一月一日から同三十五年十二月三十一日まで一箇月につき一坪金十六円、同三十六年一月一日から同年十二月三十一日まで一箇月につき一坪金二十六円六十六銭、同三十七年一月一日から右各土地明渡ずみに至るまで一箇月につき一坪金四十円であることは、鑑定人江本一枝の鑑定結果により明らかであるから、被告は原告佐藤虎吉、同竹内才子、同竹内善孝、同竹内英彦、同竹内道子、同竹内敬子、同榎本長治に対し、当該土地の賃料相当額の損害金を主文第二項掲記のとおり支払をなす義務がある。よつてこの点に関する右原告等の本訴請求も又正当であるからこれを認容する。

しかしながら、前記のとおり、本件各土地の所有権が国に存することを前提として、本件各土地の所有権の移転登記手続を求める被告の反訴請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担については、民事訴訟法第八十九条を適用して、本訴反訴を通じて全部被告(反訴原告)の負担とする。よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 石藤太郎)

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